2009年7月アーカイブ

ホームページを作りなさいでもなかったし、作ってくれるか、でもありませんでしたが、やるはめになってしまいました。
で、安いソフトは嫌よ、と駄々をこねてお目当ての物をゲット!!
ならば、やるしかないか。

初めて使うソフトは、最初は何が何だかさっぱり分かりませんでしたが、一応どうにか格好をつけてしまいした。

個人でやっているのと同じく、独自ドメインとレンタルサーバーを契約しました。
趣味で勉強して、お金をかけた結果を会社に反映させていました。
逆では無いかなぁ?

例えば、有名私立校に入学したい-、と同じだったかも知れません。

HPの設置は無料です、でも容量はたったこれだけよ。
メールアドレスはあげますよ、でも一つだけ。追加は有料です。
CGIは設置できませんよ。(貴方はレベルが低いのですからと言わんばかり)

それらは総て事実でしたね。
でも、満足と成長のためには、こんなところを卒業せねばと一大決心。
つまりは、お金で済む話でした。
やっぱり「私立」と同じぢゃん。

無知・不満・進級

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ホームページをどうにかこうにか作っては見たものの、プロバイダの説明する内容がチンプンカンプンでした。
ディレクトリ構造が-、FTPが-、パーミッションが-、知らないことだらけ。
サポートに電話で聞いても部分的な理解しかできないし、馬鹿にされているように聞こえてしまうんですよね。
本当はそんなことは無いのでしょうが。

悔しいから、本を読み漁って、インターネットで調べまくって、どうやら半人前くらいに成長していきました。
私の場合は「悔しい」、が「バネ」になっていますね。

初めてのHP開設

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最初はHTML が何であるかも良く理解できない状況で作り始めました。
当然ながら? プロバイダのサーバーに置かせてもらうしかないとの思い込みからスタートしています。
フリーソフトを探しては、「使えもしない」くせに、「これは使えないな」とあれこれと とっかえひっかえしていました。
結局、ちゃんとしたソフトが無ければちゃんとしたホームページは制作できないのだと、能力の低さは別として、納得ができました。
1年くらいは悶々としていたでしょうか。

LAN接続だぁ

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会社のパソコンが、ようやくWindows 3.x を卒業し台数も増えてきました。
OAの環境としても、プリンタは原則1台のみ、多数でメールとWeb を利用するようになってきました。
こうなれば、もうLAN接続しかない!!
LAN 接続でなければ、「あっ、繋がらない! 誰か使ってますかー?」って、今では笑い話の世界です。
ADSL モデムでインターネットに接続することとし、複合機もLAN の中に組み込みました。
ようやく、サマになってきたなーという実感です。
LAN の中にローカルルーターを設置して、サブネットで凝ったことをやってみようと試みたのですが、どうもしっくりこなくてそれは中止としました。

「ルーティングの入門書」という難解な専門書、「ネットワークとデータの流れ」という役に立たない絵本もどきとか、いろいろ読み漁りましたが、そこまで金と時間をかける意味もないか-という反省と思ったようにならなかった悔しさよ。
複合機のプリンタがLAN の中にあるので、DHCP をOFF にして、各PCとプリンタに対してIP を割り付けて自分としてはお茶を濁しました。
DHCP OFF だけでも素晴らしいんだ-、と自分に言い聞かせる始末だったような・・・。

あまりにも昔の話になるので、何年前だったかは正確には覚えていませんが、本社と工場間の通信にメールを使うようになりました。(10と少しのウン年前くらい)
それまでは大量のFAXを送信したり、あるいは長距離の長電話に頼っていたので膨大な通信費がかかっていました。
通信手段を変更する事によって費用が劇的に少なくなりましたが、悲しいことに、頭の古い経営トップにはその理由を理解することは不可能でした。
会社で2台目のパソコンをあてがって貰い、どうにか使えているかな? という状況下で複合機を導入することになりました。
A2サイズ対応が良いというパソコン先駆者の意見を、権限で抑えてA3対応で、スキャナー+プリンタ+FAX+コピーという構成にしました。
今考えれば、これが正解でした。
スキャナーはおおいに活躍したし、ままごとみたいな当事のCADでろくでもない図面をA2でプリントアウトする必要も無かっただろう。

今考えれば、あれは黒船の襲来でしたね。
本社の事務所に最初の1台がえらそうにやってきました。
そのたった1台を操作する(占有する)人も偉そうにしていました。

結局、メインは文書作成でしたね。
外部宛の文書を1枚作成するのに大騒ぎするような有様でした。
手書きの下書き文書を、お願いして清書してもらうのが常でした。
その前に流行ったワープロとたいした違いが無いような使い方。
清書マシンではない使い方としては、FAX送信のカバー表紙作成でしたか。
宛先など空白部分に手書きで入れて送信していました。
文書作成もどのソフトを使用するのか、統一がとれてはいませんでした。

DLなるもの

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ダウンロードのことを略してDLと言いますが、パソコン通信の時代からすでに存在していました。
特に、PC-VAN以外のサーバーで、画像をダウンロードさせるビジネスがありました。
どういう画像なのか疑心暗鬼ながらも、「欲望」にかられてタイトルの番号を入力後、イラーッとしながら長時間待ったものでした。
回線速度が蟻さん並みですから、気合を入れて待ち続けるとくたびれてしまうありさまでした。
主として、今は40-50歳くらいになるおじ様たちが、パソコン通信の時代からあるいはWindows 95 の時代になってから、「新鮮な情報」を求めて頑張っていたから、国内の通信やインターネットが、そしてパソコンメーカーの業界が発達していったのでした。

OLTなるもの

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やはりパソコン通信での話題です。
OnLine Talk を略してOLTと称していました。
ひらたく言えばチャットですね。

お約束のチャンネルにいつものメンバーが集まって、井戸端会議みたいなことをやっていました。
このときに、入力を素早くやるために「辞書登録」なるテクニックを覚えました。
きまり文句などは一文字程度を入れてさっと変換してあっという間に書き込むことができますから。
(例)
こ→こんばんは。
い→いらっしゃいませ!!
よ→よろしくおねがいしまーす。
お→お待ちしていました。

当時の、パソコン通信で扱う情報はテキストが主体でした。
現代のように、ホームページを開けばいきなり画像や音が飛び出してくることはありませんでした。
すべてが文字や記号だけで、メニューから目的の項目の番号をキーボードから入力して行くのです。
このような画面をCUIと言います。
現代の、マウスでリンク文字や画像をクリックする画面をGUIといいます。

今のパソコンでもDOSモードで起動すれば、キーボードから入力する画面が出てきますね。
真っ黒の画面になることが殆どだと思いますが、パソコン通信のときは白画面でした。

パソコン通信の世界

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インターネットのようにあらゆる世界とつながっているわけではありませんでした。
私が利用していた、当時の接続会社は日本電気で、サービス名がPC-VANと言いました。
後に、インターネットに接続できるようになってから、ご存知BIGLOBEと名称が変更されました。
このPC-VAN とニフティが当時の二大勢力でしたね。
他にも幾つかはありましたが。
いずれにしても、その会員たちのサークル活動みたいなものでした。

有名な2チャンネルという掲示板がありますが、PC-VANにも色んな掲示板があってあちこちへ書き込みすることができました。
このとき、電話回線をつないでオンラインでパコパコ書いていますと、その間ずーっと電話代が掛ってしまいますので、ON書きしない方法を学んだのです。
オフラインで、つまり回線をつなぐ前にメモ帳などで文章を書いておき、接続後に目指すところへ行ったら、コピー&ペーストで一気に書き込みをしてしまいます。
読みたい記事があった場合でも、あちこちの文章をコピーして回って、回線を切断後にじっくりと読むようにしていました。
このときに使用するのが「テキストエディタ」と言われるものです。

なつかしいWindows 3.1の時代。
パソコンに付属の説明書は、「マニュアル」ではなくて「絵本」みたいなものでした。
使う方も使う方ならば、売ってる方もその程度だったのですね。
今のように立派なソフトもありませんでした。
ワードもエクセルも無し。
これもおもちゃか?
一体何ができるんぢゃぃ?!

今で言えば、「スタート」-「プログラム」の画面から色々と探っていると、何やら通信機能がありそうだということが分かりました。
これが「パソコン通信」への入り口でした。
手探りで、モジュラージャックからパソコン本体、そして電話機へと配線を行なったのです。
実は、室内の電話機がつながっている部分は、ネジ留め式になっていて、モジュラージャックではなかったので、ここでも接続するのに大冒険をしたのでした。
ジーコン、ジーコンと廻すダイアル式の電話機をご覧になったことがない読者も多いのではないでしょうか?

今では誰でも気軽にメールやホームページの閲覧をすることができますが、Windows 3.1 が出た頃にはインターネットはまだ見ぬ世界の事でした。

当時の、パソコンのキャッチコピーは「マルチメディア」でした。

単にCD-R ドライブが付いただけだったのですが、雑誌の付録のCDでささやかなお色気画像などをみては興奮したものでした。

マシンの性能は、今考えれば気が狂いそうになるくらいにみすぼらしいものでしたから、動画がまともに見られる訳がありません。

それでも、「パソコンってすごいなぁ」と思いながら毎日を過ごしていました。

そういえば Windows 3.1 の前にも色々とありました。

確かMSX パソコンとか言いましたか。

今考えれば、全く出来損ないのゲームマシンでした。

あれはひどかった。

更にさかのぼれば、MS-DOS 上で BASIC なるものをとぼとぼ走らせていましたね。

黒画面にプログラムをパコパコ打ち込んで RUN + リターン で、あっ走ったとか。

こんなものが何の役に立つのか? と思っていた暗黒の時代がありました。

歳がばれそうなネタはあまり書きたくはないのですが。( ..)ヾ

ずっと以前にマニュアル車のHPの方で、読者の方から「パソコンはどうやって覚えたのですか? 」

「できればそういうことをサイトに載せてほしいわ! 」というお便りを頂いたことがありました。

そのときは、「一応、車関係のサイトですし・・・」ということでお話は終わっていましたが、一人でも読んで下さる方がおられるとしたら、このブログでコツコツ書いてみようかなと思っております。

独学のスタイルや、もがいた歴史を思い出しながら、何かを独りで勉強されている方の参考になればと思いつつ連載していきましょう。

同じサーバー内で(無料のブログサイトではなくて)ブログも開設しました事ですし。

形状記憶〇〇

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元の形状に回復する性質(形状記憶)を持った物が身近に多く存在するようになってきました。

眼鏡のフレームだとか、衣類関係でもありますね。

それらは人為的に作り出した物ばかりですが、私には両親から引き継いだDNAにより形状記憶毛髪があります。

洗髪した後は見事にちりちりとなります。

伸びてくるとウェーブが大波小波・・・。

「天然パーマと言うなー」。(笑)

ノイズについて

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noise. (雑音、騒音)

技術的な考察を加えると、目的とする信号に対して邪魔になるもの。

最近は朝から図書館にある学習室通いが日課となっています。

そこで気になるのは周囲の音ですね。

誰も意図的に音を立てている訳ではないのだろうけど、気にしだしたら結構耳に入ってきてしまいます。

一体自分は音を出していないのか?と分析すれば、なんだ自分だってそれなりに発しているぞー。

 

この言葉、どちらかといえばあまり好きではありませんね。

使い方によっては非常に的を射た言い回しにはなるであろうし、立派な日本語です。

でも、「葉っぱ」だからという扱いの軽さにはいささか抵抗を覚えたりします。

 新緑や紅葉、黄葉、そして落ち葉の絨毯。

すべて「葉っぱ」の贈り物です。

大木が本のしおりになることはできません。

人は皆ひとひらの「葉っぱ」だと思う。

脳裏にふとよぎったことがらなどを、そのひとひらに乗せてお届けします。

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